『金の国 水の国』 岩本ナオ

Pocket

A国とB国は仲が悪く、つまらないことでいがみ合い、とうとう戦争になってしまいました。
仲裁に入った神様は、両国に命じました。
「A国は国で一番美しい娘をB国に嫁にやり、B国は国で一番賢い若者をA国に婿にやりなさい」
そうして選ばれた「嫁」と「婿」は…?

手元に置いて次の世代にも受け継がれるべき1冊。
「このマンガがすごい2017オンナ編」堂々の1位に選ばれた作品です。
血の通った幸せなユーモアがたっぷり込められた素敵なおとぎ話は、強くて明るくて優しくて…読むたびに勇気をもらえます。
いつもと同じ道だけど、ちょっとスキップして行ってみようか…と、逞しく朗らかに生きる彼らに手を引っ張られるような292ページです。
いびつで、頼りなく見えても、みんな最後の最後は甘えずに自分の足で立っている。
その強さと、絵本のような絵柄のギャップで、何度読んでもすり減らない世界観です。

主役らしからぬ癒し系ルックスのサーラ姫をこんなに好きになっちゃうなんて自分でもびっくりなんですが、ポテンシャル…滲み出る人間性が素敵で素敵で…品があって美しいんですよね…
おっとりと受け流しているようで、心の中で一人静かに戦っているのがかっこいい。
自分への侮辱には耐えても、ナランバヤルへの侮辱には迷わず立ち向かい、そして勝つ女。
卑屈にも映ってしまいそうなサーラ姫の無欲さが、ナランバヤルによって美しく引き出されていくのがとてもドラマチックです。
美徳や正しさを自分がどう表現するか。
自分を抜きにして他人のことを思いやれるって仏様ですか。
美しい女性として描かれていないのに、最後にはどうやっても美しい人にしか見えなくなってました。
自分の心が動き出し、愛する気持ちを知ってどんどん逞しくなってゆくサーラ姫。
あんな魅力的なぽっちゃりギャル見たことない。

ナランバヤルもです。
うだつの上がらない感じだった彼がサーラ姫との出会いで自分の仕事、運命が回り始めます。
サーラ姫の何気ない言葉に彼女の本質を見出すナランバヤルの自由で豊かな心。
曇りのない目でサーラ姫の美しさを見つめるナランバヤルに、歌って踊れてトークもできるイケメン俳優・ムーンライトを差し置いて胸トキメキっぱなしでした。
美男美女ではなく、イイ男とイイ女。
二人でいるからお互いの価値が最大限になるという神ペア…
二人が向き合うシーンのドラマチックさといったら。
サーラ姫の涙にやられるナランバヤルの、魂を抜かれたような表情は見入ってしまいます。
あーーーしびれる!!
ナランバヤルはサーラ姫の未来も自分で守りたいって思ったんだよね。
サーラ姫もナランバヤルの人生を守りたいと思って背中を押したんだよね。
あの橋の上のシーンは大好きで何度も何度も読み返した場面です。
いやしかしクライマックスのお城のシーンも号泣でした…ナ、ナランバヤルゥ~うわ~ん!!
感極まったナランバヤル、抱きしめたい。
なんてドラマチックな男なんだ…何度読んでも最高に美しいシーン…
みなさん、ナランバヤルにはくれぐれもお気をつけください…あの男にはサーラ姫がいますから。

主役だけでなく、脇キャラたちも安定の濃度です。
ムーンライトやレオポルディーネへのスポットの当て方も絶妙で、彼らの生い立ちやこれまでの経験が、新しい出会いを触媒にして覚醒していく様はゾクゾクしました。
愛を込めて、最高の左大臣を演じ国を守るムーンライト。
レオポルディーネが目を輝かせて愛する国を見つめる姿はまっすぐで、やっぱりサーラ姫のお姉さんなんだなと思わせられました。

他の人たちはツッコミどころが多過ぎるので割愛させていただきますが、ツンデレばあやに肉体派の知識人たちはマジ無敵の強さだし、建築家・アジーズの悪ふざけ感がたまらん…彼をスルーできるはずがないよ…美しい涙を流した直後に彼の一言目で吹きましてね、もうしゃべらないでお願い、ずるい。
美男子好きのB国族長も…悪いのに全然憎めない…ていうかむしろ大好き…
有能な部下が太字でつっこんでくれますし、話もズバズバ逸れていくし、暴れ馬です。
あとあとナランバヤルの父もただの主役の父としておとなしくしてくれてません。テカってます。
うっかり父に焦点合わせると吹き出してしまうので、ぼんやり見る癖がつきました。

岩本先生って学校の教科書とか落書きしまくってたのかな?
落書きせずに過ごせてたのかな?
エピソードでも絵でも、そんな衝動を抑えきれていない表現が散りばめられていて、どの作品もほんと脇の脇までもれなくふざけているみんなが大好きです。
みなさん必ず素敵な人が見つかるはず。
脇の脇まで結局かっこよくて、こんなふざけてる人たちに泣かされるんですからね。

壮大で素晴らしい絵も堪能して欲しい。
大いに栄え、たくさんの人々が暮らす国の眺望、夜の森、荘厳な王宮、生き生きとした動物たち…天下無双の人たちを彩る草花も華やかで美しい。
見開きで画面いっぱいに描き込まれた国の風景は額縁に納めたくなるような大迫力です。

始まりから終わりまで泣きたくなるような幸せを味わってください。
隅々まで、何度でも楽しめる物語です。